2013年05月03日

徒然に歌舞伎座新開場は『こけら落四月大歌舞伎』

最近はすっかりブログにご無沙汰しています。
昼間はいたって元気なのですが、以前のように夜更かしできず、零時を回る頃にはたいていベットに潜り込んで、横になったが最後瞬時に眠りに落ちてしまうようです。
3年前と云えば毎晩ブログ巡りをし、自分でもせっせと記事を書いていたのですが、その頃とり壊されて、建て替えが始まった歌舞伎座が先日完成し、「こけら落」公演が始まりました。
四月の10日過ぎに、さっそく『こけら落四月大歌舞伎』夜の部に行ってまいりました。
新歌舞伎座

新しくなった歌舞伎座は、外観を眺める限り以前の建物とまったく変わりがないように見えます。
でも仔細に見ると、まずは正面入り口にあった階段が無くなり、館内もバリアフリーにかなり気を配った様子がうかがえます。
エスカレータやエレベータも完備し、幕間には長蛇の列の出来たトイレもかなり増設され、座席が少し広くなりました。
それに3階席からも花道が見えるようになったとのことですから、全体では居心地が数段良くなったように思います。
アクセスも、東銀座の駅から歌舞伎座の地下2階に直接つながり、エレベータやエスカレータで歌舞伎座の正面入り口に出られるので、随分と楽になりました。
この日のお昼の部には小泉元首相もいらしてたそうで、相変わらず定席のように、前から6番目か7番目のど真ん中でご覧になったようです。
今回はお弁当を買わずに行きましたから、入場して早速お食事を予約しようと思ったのですが、最近は事前にネットで予約を入れることが定着してきたようで、何とすでに売り切れていました。
仕方なく不本意ながら館内のお弁当売り場でお茶と可愛らしいお弁当を買いました。

さて、通常8月公演以外は1日2部制で舞台がおこなわれるのですが、『こけら落』公演は3部制になっていて、今回は夜の部の「盛綱陣屋」と「勧進帳」を観てきました。
「盛綱陣屋」は贔屓の仁左衛門さん、「勧進帳」は幸四郎の弁慶に菊五郎の富樫といった配役で楽しませてくれたのですが、「盛綱陣屋」を観るのは初めて、「勧進帳」は吉右衛門さんや團十郎さんで何度か観ていますが、富樫はいつも菊五郎さんだったように記憶しています。

ホントに歌舞伎座新開場!

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2013年02月02日

徒然に「ルネサンス期イタリア随一の異色画家」ピエロ・ディ・コジモ

最近久しぶりにゴルフの練習を始めました。
最後にコースを廻ってからもう10数年経ってますが、何が切っ掛けでやらなくなったのか思い当たることはないのですが、今回始めようと思って気がついたのは、道具がすっかり様変わりしていてビックリしました。
まずウッドのヘッドがとても大きくなっていて、古いドライバーは現在のスプーンのように感じます。
それに靴の裏に付いている金属のスパイクが禁止になっていて、突起物は付いているものの、デザインによってはそのままタウンシューズとして使えそうな感じです。
最近は歩くことと軽いストレッチ以外に身体を動かしていなかったせいか、久しぶりの打ちっ放しはけっこう気分が良い物です。
最初に勘が戻ったのは長いクラブで、昔からドライバーをめいっぱい振り回していましたから、あれこれ考えなくても身体が反応してくれたようです。
もともと吝嗇な性分で、「気(ウッド)は遣っても金(アイアン)は使わない」がモットーでしたから、ドライバーを振り回すのが性に合っているようです。
昔のゴルフ仲間にゴルフの再開を告げたところ、3月、4月にコンペが有るからとさっそくお誘いを受けましが、その前に1度プライベートで腕試しをと思っています。

シモネッタ ヴェスプッチの肖像ところで今年は新しいことが芽生える「巳年」ですが、絵画で「蛇」と云えば『フランツ・フォン・シュトゥック』の描いた『メドゥーサ』を思い出します。
頭髪が蛇で、その目を見ると石になってしまうと云うあの恐ろしいゴルゴン三姉妹のひとりです。
蛇が登場する絵画は沢山ありますが、その他に思い出すのはやはり「ピエロ・ディ・コジモ」の描いた『シモネッタ・ヴェスプッチの肖像』です。
渋澤龍彦氏が『幻想の肖像』という美術論集で取り上げていて、首元のネックレスには生々しい蛇が巻きついていて不思議なエロティシズムをたたえた絶世の美女「シモネッタ」を描いたものです。
ボッティチェッリのパトロンであった家に嫁いできた人妻のシモネッタ・ヴェスプッチは、フィレンツェ一の絶世の美女で「ラ・ベッラ=美しい人」と呼ばれていました。
兄弟でフィレンツェ政府の運営を任されていた弟のジュリアーノ・デ・メディチはやはり当代一のイケメンだったそうですが、たいへん華やかで一大イベントだった「大騎馬槍試合」で、ボッティチェッリが描いた彼女の姿を旗印にこの試合に優勝し、女王ミネルヴァの代わりを務めたラ・ベッラから宝冠を授かり、このイベントは最高潮に達したと云います。
しかし人も羨む美男美女の誕生であったのですが、翌日からシモネッタは肺結核のため高熱を発して翌年23歳の若さで亡くなってしまいます。
その死に顔は生前にもまして美しく、「彼女を前にすれば、死もまた美しい・・・」と云われたそうですが、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」はシモネッタをモデルにしたとも云われ、レオナルド・ダ・ヴィンチはフィレンツェ中の鐘が一斉に鳴り響くなか、進んでゆく葬列に付き従いながら、シモネッタの素描を描いたとも云います。
またシモネッタの死から2年後、恋人であったジュリアーノもパッツィ家の陰謀に巻き込まれて亡くなっています。

ホントに「佳人薄命」とか!


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2013年01月05日

徒然に今年の干支は『ウロボロス』

明けましておめでとうございます


昨年の秋から開店休業のままとうとう新しい年を迎えてしまいました。
その間、私のブログにわざわざご訪問下さった皆様方には深くお詫び申し上げます。

9月の後半から新しい仕事に取り組み、最初は楽勝だと思ってたのですが予想以上に無い能力を絞り出すこととなり、夜はパソコンに向かうとすぐ睡魔に襲われ、あれだけ夜更かしが得意だったにも拘わらず、早寝早起きのすっかり良い子になってしまいました。
お陰様でやっと力の配分や要領にも慣れ、以前のペースを取り戻しつつあります。

今年もお節はデパ地下で京都の某レストランをたのんだのですが、レストランから大晦日に電話があり、私のたのんだお節と違うものを配送したとのことで、お代金は書留でお返しし、お届けしたお節は是非お召し上がり下さいとのことで、これはラッキーなのかアンラッキーなのかよく分かりませんが、ただし届いたお節はとても美味しかったので結果オーライということにしました。

暮れの30日に、たのんであった新しいパソコンが届きました。
なにしろ酒に呑まれることもなく、ギャンブルに入り浸ることもなく、女性に溺れることもなく、散財する趣味といえば新しいパソコンを手に入れるくらいしかないものですから、OSがWindows8となればやはりすぐ欲しくなってしまうのです。
今回は仕事漬けのストレス解消のためにも少し頑張って、かなりハイスペックなものにしました。
CPUはCore i7、メモリーは8GB、HDDは2TB、そしてモニターが23インチですから今まで使用していたものを一回り大きく、強固にした感じです。
データのお引越はUSBで繋いで丸ごと引っ越してくれるソフトを使ったのですが、設定や保存データは勿論のこと、一太郎や花子、エクセル等々といったアプリケーションソフトも引っ越してくれる、他にはない優れもののソフトでした。
ただし引越時間が16時間もかかり、一度は半分ほど終わった段階でエラーを起こし、最初からやり直したので、結局、大晦日から元旦まではひたすら待っているだけで新旧のパソコンが使えず、久しく観たことのなかった紅白歌合戦を最後まで観てしまいました。

ウロボロス


冒頭の蛇の絵、お正月早々あまり美しくない絵で恐縮なのですが、「蛇」は古代ギリシアの時代からかなり象徴的な意味を持つ存在であると捉えられてきました。
特にこの絵のように自分の尾を噛んで環を作る蛇は、古代ギリシャ語の「尾を食べる蛇」の意味で、「ウロボロス」と呼ばれてきました。
蛇は脱皮して成長し、飢餓状態にも強く、環になった「ウロボロス」は始めと終わりがないことから、「始まりも終わりも無い完全なもの」、つまり「死と再生」「不老不死」などの象徴であり、「無限」や「永遠回帰」「宇宙的一体性」など、また「輪廻」の象徴などとされてきました。
太極図陰陽道などでよく見かける「太極図」は白と黒の上下逆さまの図が円の中に組み合わさっていますが、やはり相反するものの統一と云った同じような意味があるのでしょうか。

民主党の大敗と自民党の復活、原発の全廃か継続か、などなど日本も前進・後退、混迷や希望などが混沌とする中、2013年がスタートしました。

未来永劫とは言わないまでも、
今年もまた宜しくお願いいたします。

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2012年09月28日

徒然にグランメゾン『トゥール・ダルジャン』

やっとお風呂が嬉しい季節になってきました。
どうしても暑い間はシャワーで済ましてしまうのですが、やはり首までゆっくりお湯に浸かり、手足を伸ばすと疲れのとれ方が違うようです。
それにこの時季嬉しいのは、朝食の時食べるフルーツがバラエティーもあり、とても美味しいことです。
いくらフルーツ好きといっても、「太陽の卵」のようなものを食べるわけではなく、の物でごくごく一般的なもので十二分に楽しんでいます。
西瓜が終わり、桃もそろそろ白桃や黄桃が主力で終わりに近づきましたので、現在は葡萄か梨を中心に食べています。
私の好みで梨と葡萄を比較すると葡萄の方が若干好みなせいか、食べる頻度が高いのですが、昔よく食べた粒が小さめで果皮が「赤」系のデラウェアは最近あまり食べてなく、「黒」系の巨峰かピオーネが圧倒的に多いです。
「緑」系のマスカットは残念ながら、なかなか口にすることはありません。
葡萄の歴史はとても古く紀元前4000〜3000年だそうで、古代エジプトの壁画にも栽培の様子が描かれているそうです。
シルクロードを経由して中国から日本に伝わってきたのは奈良時代だそうです。
葡萄は皮の色が何系かで効用の違いがありますけど、一般には疲労回復、視力改善、高血圧予防、動脈硬化予防、心筋梗塞予防、脳梗塞予防、がん予防などに効果があるようです。
ポリフェノールの一種で血液を綺麗にするアントシアンは皮の部分に多く含まれるそうですが、どうしても実だけ食べて皮は捨ててしまうことが多いので、皮ごと食べられて美味しい品種のものを求めるようにした方がよさそうです。

トゥールダルジャンそんな食欲が一段と高まる「食欲の秋」、久しぶりにニューオータニにある『トゥール・ダルジャン』でお食事をする機会がありました。
このトゥール・ダルジャン、グランメゾンと呼ばれるに相応しく、別世界に舞い込んだような優雅な気品漂う豪華な内装が迎えてくれます。
アプローチ長く続く美しい青絨毯のエントランスはまるでイリヤ・レーピンの描く『サトコ』の世界へ迷い込んだごとくで、そこを抜けると正面には騎馬姿のアンリ4世の肖像画が迎えてくれます。
>少々残念なのが、もちろん品よくですけど、壁に著名人や有名な政治家の色紙が展示されているのが何とも違和感を感じます。
アンリ4世ドレスコードはネクタイ、ジャケットを要求していますが、今回は「パリのグランメゾン、トゥールダルジャン世界唯一の支店である東京店では、夏期限定で、新たな領域へ。
フレンチヴァカンスの粋“コート・ダジュールで過ごす休日”をコンセプトに、魚介をふんだんに使ったブイヤベースやスープドポワソンなど南仏をテーマにした料理、そして幼鴨などトゥールダルジャンならではのスペシャリテもお届けします。」がコンセプトだそうで、ネクタイは要求されませんでしたけど、バブルの時代ではなく省エネの時代ですから、当然それで良いのではと思ったりします。

ホントにネギをしょって鴨料理!

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2012年09月06日

徒然に花鳥を描けば『上村 松篁』

今年の夏はたいへんな猛暑でしたけど、特に夕方になると蝉の鳴き声にヒグラシやツクツクボウシの鳴き声が増えてきたようです。
幼かったころ、よく網を持って蝉とりに出かけたものですが、その頃、自宅は丹後の宮津にあり、家の前を京街道が通っており、とい面には桜山と呼ばれる小高い山があって、椎の実や木イチゴなどの宝庫であり、冬には手製の橇で遊べる恰好の場所でした。
特に夏場は、蝉は勿論のことクワガタやカブトムシが現在では考えられないほど、普通に、簡単に採取出来たものです。
それでもアブラゼミやミンミンゼミは捕れても、ヒグラシやツクツクボウシ、それにクマゼミなどはなかなか捕れなかったものです。
蝉は七年間地中にあり、七日間地表で鳴いて生涯を終えるそうですが、それだけに地表にあっては懸命に鳴き続けるのでしょう。
ただ今年はあまり蝉の鳴き声を聴かなかったような気がしています。
自然への関心が薄くなったのか、観察力が衰えてきたのか少々我がことながら心配ですけど、セミの鳴き声や朝夕の光の微妙な変化などを、少し注意深く観察すれば、季節の移ろいゆく気配を少しはを感じられるようになるのでしょうか。

白孔雀


さてセミではありませんが、徹底的な鳥や花の観察を礎に、繊細優美な花鳥画で名を成した画家に『上村 松篁』がいます。
母親が美人画で名高い女流画家・上村松園であることはご存知の方が多いと思いますが、また松篁の息子である上村淳之もやはり日本画家として名を知られています。
母親の上村松園は日本女性の凛とした美しさを表現した美人画で有名ですが、さらに女性としては初の文化勲章受章者でもあります。
そして松篁も82歳の時に文化勲章を受章しており、親子2代での文化勲章受章は史上初めてであったそうです。

松篁が幼少のころ、母親を「二階のお母さん」と呼んだそうですが、母親松園はほとんど二階の画室にこもって創作に励んでいたそうです。
明けても暮れてもひたすら絵に打ち込み、黙って精進を続ける母親の姿は、無言の内に身をもって、松篁に勤勉努力の大切さを教えていたようです。
松篁の徹底した写生や観察はそのお陰なのかも知れませんが、面白いというか凄いエピソードに、鳥の観察のためにインドやオーストラリア、東南アジア等を旅行し、さらに奈良市郊外にあった自分のアトリエの敷地内に大規模な鳥小屋を造り、1000羽以上の鳥を飼ってその観察を続けていたそうです。
また50歳を過ぎたころ、毎日、一日中、同じ場所で大きな芋の葉を写生し続けて一ヶ月以上経つた頃、目が洗練されて邪魔なものが取り払われ、芋の葉の「美の構成」だけがピチッと見え始めたそうで、その時に「自然の本体」に触れ、「自然の声」を聞くことが出来たと松篁は語っています。
「花にしても、鳥にしても、見る人の心々の高さ低さが反映して、その美は千変万化である。感情移入である。自然は無限の美を蔵している」  ―上村松篁―

ホントに美醜は人の心にあり!
 
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2012年08月15日

徒然に八月花形歌舞伎は『伊達の十役』

久しぶりに新橋演舞場に歌舞伎を観に行きました。
建設中の歌舞伎座の前を通ると、どこかの知事が「風呂屋のようだ」とのたまわった正面部分の骨組みがかなり出来上がっており、来年の完成が実感として楽しみになってきました。
例年ですと八月の公演は3部制なのですが、今年は通常月と同じ昼夜の2部制になっており、夜の部『慙紅葉汗顔見勢(はじもみじあせのかおみせ)』『伊達の十役』を観てきました。
今回はとちり席で良い席だったのですが、35番は花道とは反対側で少々残念でした。
この日は若い方の団体が1階の後ろの席を占めており、幕間など、いつもより賑やかで、歌舞伎もまずまず安泰かななどと思ったりします。

伊達の十役


「市川海老蔵十役早替り宙乗り相勤め申し候」とキャッチコピーが付けられてますように、復帰後心境著しい海老蔵が、一人で十人の役を演じるわけで、当然のことながら早替わりの面白さや違った役の演じ分け、宙乗りなどのケレンをたっぷり堪能できる海老蔵ファン待望の演目となっています。
去年の八月に観た『怪談乳房榎』では、「中村勘太郎(現勘九郎)四役早替りにて相勤め申し候」と銘打たれてましたように、四役の早替わりだったのですが、今年は十役の早替わり、さてどんなものかと幕が開く前から期待がふくらみます。

物語は仙台の伊達藩でおこったお家騒動を基に創られており、「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」の書き替え狂言の一つなのですが、ようするにお家を乗っ取ろうとする悪玉と主君を守ろうとする善玉の争いで、最後は善玉が勝つといったよくあるお話です。
鶴屋南北が台本を書いていますが、江戸時代・文化12年(1815)に七代目市川団十郎が役者の足りないのを補うために、主な十役を一人早替りで勤めるという破天荒な企画を立てたのが始まりだそうで、その後上演が途絶え、台本もなくなっていたのですが、三代目猿之助(現・二代目猿翁(えんおう))が1979年に苦労して台本を復活し、江戸歌舞伎復活の代表作として上演したのです。
そして、團十郎家の海老蔵が猿翁に教えを受け、2010年1月に初挑戦し、今回が2度目の舞台となったのです。

海老蔵が演じる十役とは、仁木弾正、絹川与右衛門、赤松満祐、足利頼兼、土手の道哲、荒獅子男之助、細川勝元の七役が立役(男)で、高尾太夫、腰元累、乳人政岡の三役が女形になります。
さらに善人悪人の演じ分けも含めて4時間程の間に四十数回もの早替わりをするのですから、気力、体力、演技力、どれも充実していないとなかなかに困難な舞台ではと思うのですが、「死ぬ気でかかれるものが一つ増えた」と海老蔵は力強く語っています。

ホントに歌舞伎はイリュージョン!

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2012年07月27日

徒然にたまにはグルメ『キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ』

フランスのミシュラン社が欧米以外では初となる東京版のミシュランガイドを刊行したのは2007年でした。
ご存知のように赤い表紙の「ミシュランガイド」はレストランを星で格付けするもので、最高が三つ星、そして二つ星、一つ星となるのですが、ミシュランの覆面社員が隠密にレストランで食事をし、「その分野で特に美味しい料理」には一つ星、「極めて美味であり遠回りをしてでも訪れる価値がある料理」には二つ星、「それを味わう為に旅行する価値がある卓越した料理」には三つ星をつけています。
おおむね星付きのレストランは高いので、そうそう食べ比べをしたり頻繁に通うわけにはいきませんが、星を一つ獲得するとその店の売り上げが30%増えると云われてるそうです。
もちろんこのミシュランの格付けに対していろんな批判もありますし、世界のビックネームで評価の高いレストランが意外と星なしも沢山ありますから、実際に食べてみて美味しかったらそれで良いので、星はちょっとした話題のネタくらいに思っていればと思います。

入り口そんなわけで、新宿のハイアット・リージェンシー東京にある『キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ』に行ってきました。
日本の多くのシェフも修行をしている本店のメゾン・トロワグロはフランスのロアンヌにあり、1968年から三つ星を保持しており、現在は三代目のオーナーシェフであるミッシェル・トロワグロ氏がプロデュースするフレンチのお店です。
そのミッシェル・トロワグロ氏はグルメガイド「ゴー・ミヨー」の2003年最優秀シェフに選ばれたり、ミッシェル・トロワグロフランスのレジョン・ド・ヌール勲章も受賞し、確かフランスサミットでの晩餐会の総料理長も務めたと記憶しています。
そのトロワグロ氏が、歴史と伝統を守りながらもフランス料理の新境地を拓いて西新宿のハイアット リージェンシー 東京にオープンしたのが、今回出かけた『キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ』で、ミシュランガイドには初回から二つ星を獲得し続けています。
店内お店は片面が都庁や中央公園の見えるガラス張りで、明るくて室内は天然木の梁や柱、無垢材のテーブルなどがあり、受付からウェイティングスペースを抜けるとすぐに、左側はかなり広いスペースでシースルーのオープンキッチンになっていて、整然と並んだ器具類や、料理人達の機敏で緊張感を感じさせる真剣な動きが一目で見渡せます。

アミューズさて肝心のお料理ですが、今回は5人での会食でしたので、アペリティフにはシャンパンをたのんで乾杯です。
最初に出てきたのが一口サイズの三種類のアミューズですが、まったく写真を撮ることを忘れていて、ドジなことに全員がすぐに一つつまんでしまってから慌ててスマホを取り出し撮ったのがこの写真です。
アントレ食材などの説明を受けたのですが、記憶に残っているのは「サッパリとして美味い!」それのみでした。
そしてアントレが2種類出ましたが、やはり説明を受けたものの記憶に残っておらず、とにかく写真を撮りましたのでご覧下さい。
もちろん写真で味が分かる訳もないのですが、夏向きの爽やかな色合いから、目で食していただければと思うのです。
野菜のテリーヌ特に二品目の「野菜のフレッシュなテリーヌ ハーブのクリーム」は、すべて野菜だけを使用したとのことで、今までに食べたフレンチとはまったく違った逸品でした。

ポワソンポワソンは「イサキのポワレ 人参とシトロネルのソース」と書かれてましたけど、ソースが別に用意されており、好みに応じてかけることもできました。

お肉とグラタンお肉は「和牛フィレ肉のフルーリーソース」で、美味しいのでホントに倍くらいの大きさがあれば、なんていやしくも思ってしまいました。
それにグラタンが一緒に添えられていたのですが、これがまたシンプルでいてとても美味しかったです。
プレデセールプレデセールとデセールがまた楽しみなのですが、お肉料理のあとはお口直しにサッパリと、そして「グデセールリオットチェリーとショコラのメッツアルーナ」のしっかりした味わいのスイーツを楽しみ、最後に私はブレンドをたのみました。
コーヒーにも小菓子が出てきました。
ホントに小さくて軽く食べられるのですが、小さくても一つ一つにそれぞれの味わいがあり、最後まで美味しさ小菓子の余韻にひたることができました。
バター
今回は夏バージョンだからでしょうか。食器類も白が基調で、最後はガラスのお皿でしたから、外の猛暑が嘘のような爽やかで味わい深いひとときでした。
バターの容器は独特の洒落たフォルムで、美味しいパンを更にアップしてくれます。

けっこう星のついてるレストランは経験してます(もちろん仕事絡みで)けど、やはり一番気に入っているのが今回のミッシェル・トロワグロで、とても斬新で日本の食材や調味料にも熟知し、見せ方も一枚の絵画のように美しく楽しく、いつも裏切らないのは流石だと思っています。
今回5人の内3人が初めてだったのですが、一品ごとにため息をつき、食後には大感激だったと喜んでいました。

ところでグルメの文章書くのは難しいものだと今回痛感しました(^_^;)
写真をもっとキチンと撮って、言葉は抜きで、それだけ掲載した方が良かったのではと反省しきりです。
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2012年07月06日

徒然にキュビズムの先駆となった『ジャン・シメオン・シャルダン』

眼鏡をかけ始めてもう随分と経ちますが、すっかり顔の一部となったようです。
以前ゴルフをやっていた時、パッティングの時カップがぼけて見えるようになったのが眼鏡をかける切っ掛けだったと思うのですが、乱視と近視、最近ではしっかり老眼も入って、遠近両用乱視入りの眼鏡をかけています。
眼鏡フレームにも流行が有り何度か取り替えましたけど、最近では小さめで下側は縁なしを使用しています。
ところで丸いメガネ一種独特の雰囲気があり、私にはとても使いこなせないと思うのですが、ネットで「海外の丸メガネをかけた芸術家」を特集した記事を見つけました。
日本でも明治や大正期の政治家や芸術家には多かった気がしますが、写真家のアラーキーこと荒木経惟氏など強烈な黒縁丸メガネの印象が有りますし、最近では亡くなったばかりのスティーブン・ジョブズ氏、小説家では浅田次郎氏などが思い浮かびます。
ネットの記事では年代の古い順に取り上げられているのですが、シューベルト、ロートレック、ヘルマン・ヘッセ、バーナード・リーチ、そしてジョン・レノンなどなどよく知った名前が並んでいます。
一番最初に名前の揚がっているのは、1699年生まれのフランスの画家『ジャン・シメオン・シャルダン』ですが、もちろん写真が歴史に登場するのは1825年頃だそうですから、写真ではなくシャルダン本人の描いた自画像が掲載されています。

葡萄と柘榴

そんな訳で今回は、貴族趣味華やかなロココの時代にあって、穏やかな画風で中産階級のつつましい生活や静物画を描き続けた『ジャン・シメオン・シャルダン』を取り上げてみました。
シャルダンの活躍した18世紀は、後期バロックの時代からロココ様式の華やかな宮廷文化が花開いたころになります。
ルイ15世の愛妾・ポンパドゥール夫人を中心としたサロン文化は、優美にして繊細な様式が特徴ですが、シャルダンはそんな中にあってロココ趣味とは一線を画し、どちらかといえば17世紀オランダ絵画の影響から、たいへん写実的に日常的な題材を捉えて静物画や風俗画にその才能を発揮しています。
当時の画家のランク付けでは、歴史画家が最高で、静物画家は下位とされており、シャルダンも実際には歴史画家を切望していたそうですが、アカデミーで評価されたのは静物画家としてでした。
しかしながらシャルダンはそんな時代背景の中でも、時の権力者ルイ15世ロシア女帝エカテリーナ2世などの貴族社会から絶大な信頼と絶賛をうけ、18世紀フランスで最も成功した画家の一人となっています。
シャルダンの特徴は、圧倒的な写実性と堅固な造形感覚や光と影の描写にあり、19世紀フランスを代表するサロン画家アンリ・ファンタン=ラトゥールに引き継がれ、物体を球体・円錐形・円筒形の形態として捉え再構築したキュビズムの先駆となり、後のセザンヌやマティスにも多大な影響を与えたと云われています。

ホントに「静物」に「命」を与えます!  


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2012年06月17日

徒然に「孤高の芸術家」と呼ばれた『ジョルジョ・モランディ』

東京地方も梅雨入りして天気の日は蒸し暑いものの、雨の日は少々肌寒い日もあり、クールビズが始まったものの、まだしばらくは上着を着ている方が快適なようです。
お休みの日は、6年ほど前に体重を5〜6`落としたお陰でウエストも4pほど細くなり、以前はきつかったジーンズがちょうど良いはきごこちなので、ほとんどブルーではないジーンズをはいて過ごしています。
その後ほとんど体重の変化、リバウンドもなく現状維持を続けているのですが、やはり食事と毎日の決められた軽い運動のお陰かなと思っています。
と云っても、結構お腹いっぱいには食べてるのですけど、食べる内容は痩せる以前に比べてかなり変えています。
何しろ嫌いだった野菜を沢山食べるのと、お米の食べる量を以前の四分の一くらいに減らし、毎日お風呂に入る前に15分ほどの体操、といってもラジオ体操とストレッチを組み合わせたような自己流の運動をしています。
腹筋や腕立て伏せのような運動はたいてい長続きしないものですけど、お風呂にはいるときに軽く実行する、これが一番のポイントだったように思います。
それと朝食の時、必ず季節の果物を食べるようにしているのですが、今ですと西瓜が一番で、もちろん贅沢する訳でなく、スーパーで6ツ切り498円程度のものです。
以前にfutabaさんから教わったのですが、「この時期は九州産、特に熊本産の早生の西瓜(マダーボール等)が美味」とのこと、確かに真夏の西瓜に負けず美味しくいただいています。
朝食はパン食で、食パン1枚と生野菜にヨーグルト、ハムとチーズ一切れにコーヒーと果物が長年の定番なのですが、食器類がすべてのカップや皿になっていることに最近気がつきました。

モランディ1

ところで、食卓の果物や容器類などを描いた静物画といえば、私は「セザンヌ」か「スルバラン」の「ボデゴン(静物画)」を強く思い出します。
特にスルバランは簡潔で明快なフォルムにとても惹かれますが、今回は何の変哲もない壜、缶、器を繰り返し描き続け、20世紀の大きな芸術活動のうねりの中にあって、独自のスタイルを確立し、ひたすら自己の芸術を探求した画家『ジョルジョ・モランディ』を取り上げてみました。
「20世紀イタリア美術史において最も重視される画家の一人」と評価されている画家ですが、生涯を通じて初期に描いたいくつかの風景画以外には、何の変哲もない同じ瓶、同じ椀が繰り返し、繰り返し現れる「卓上静物」という限られたテーマに取り組んでいます。
当然ながら似たような構図で、似たようなモチーフの作品が執拗に描かれたわけですが、余分なものは一切描かれず、色彩においてもグレーやクリーム色などの地味な色使いのものが大半を占めています。
ですが、動かない物が敢えて動かないことを主張しているような、不思議な存在感と、静けさを強く感じさせてくれる、とても魅力的な作品となっています。
モランディの特徴を『心によって形が与えられている静物』『心と微妙に連関して刻一刻と形を変えていく静物』と表現していた方がいましたが、まさに言い当てていると思います。
モランディは初期の頃、形而上絵画の画家ジョルジョ・デ・キリコらと親交があり、デ・キリコの紹介で作品展に出品したり、作品展のカタログにデ・キリコがモランディを讃美する紹介文を書いたりしていますが、以降、1920年頃からは様々な芸術運動からは距離を置き、頑なに単一の主題を繰り返し描き独自のスタイルを貫き通したのです。

ホントに寡黙さが雄弁さなのか!

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2012年05月31日

徒然に箱根のツツジは『山のホテル』

先日親戚の引越を手伝いました。
と云っても力仕事をした訳ではなく、私の役割は引っ越し先でパソコンとプリンター、光通信のモデムなどを繋ぎ合わせるのが役割でした。
配線は何度もやってますから楽勝でしたけど、光とつなぐ段になってハタと困りました。
引越前は光のモデムのそばにパソコンがあったために、短いLANケーブルを壁に沿って這わしてあったのですが、今回は光のモデムとパソコンの設置場所が違う部屋なので、かなり長いLANケーブルが必要となり、さらにドアもあるので、部屋の美観を損なわず、邪魔にならないようにLANケーブルを張り巡らすのは、素人には無理な話です。
最近、論理値で450Mbpsの無線機が発売になり買い替えようかなと思っていたものですから、今使ってる300Mbpsの無線機を親戚に差し上げようと即決しました。
一度帰宅し無線機の親機と子機を取り外し、設定用のCDを持って再び引越先にとって返し、無事にネットに繋げることができました。
その帰りに大型電気店により、貯まっていたポイントで450Mbpsの無線機を購入し、さっそく取り付けてみました。
今までは通常216Mbpsのスピードが出ていましたが、新しい無線機は何と364.5Mbpsの速度が安定して出ています。
とは云っても所詮はたんなる自己満足なのですけど、でも正直かなり嬉しい気分です。

山のホテル2

さてやはり少し前に、箱根の山のホテルまでツツジを見に行ってきました。
今年は開花が例年より遅かったそうですが、そのかわり30数種類あるツツジが、それほど期間をおかずに開花し始めたそうで、私の行った日も見事に咲き誇っていました。
ホテルとツツジ
山のホテルのツツジはたいへん有名で、満開の時季になるとよくTVでも取り上げられていますが、期間中は入園料800円(宿泊すればもちろん無料)にもかかわらず、バスを連ねて見物客が訪れ、連日たいへん混雑しています。
ホテルと芦ノ湖この洋館風のホテルは敷地が4万5千坪有るそうで、芦ノ湖の湖畔にあり、富士山を眺めることが出来るたいへん素晴らしいロケーションにあります。
ツツジと芦ノ湖三菱財閥四代目総帥の岩崎小弥太男爵の別邸跡だそうですが、岩崎男爵が留学先のイギリスから取り寄せたものなど樹齢百年以上の古木を含む3000株が植えられています。
シャクヤクさらにツツジだけでなく300株のシャクナゲも咲き始めており、質量ともに圧倒するものがあります。
赤いツツジとあおい芦ノ湖、そして白い富士山のショットを思い描いてカメラを手にしていたのですが、残念なことに天気が晴天でなく時々薄日が射すものの、薄い雲がかかっていて、富士山をカメラに収めることができませんでした。

オマール山のホテルの楽しみはツツジだけでなく、美食倶楽部を自認するホテルだけに、お食事もなかなかに素晴らしいです。
和食とフレンチのレストランがあるのですが、以前に泊まったときは和食でしたので、今回はフレンチをいただきました。
かなり奮発してシェフのお任せコースをいただきましたが、メインに「 活けオマール海老のロースト アメリケーヌソース」か「富士 箱根山麓牛フィレ肉のグリエ 赤ワインソース レフォール風味」がチョイスできたのですが、今回はオマール海老にしてみました。
ツツジ5アルコールはほとんど飲まないものですから、ジンジャエールにしたのですが、自家製だそうで、ショウガの現物が入っており、かなり味が濃くて美味でした。

芦ノ湖今年は近場ばかりですが、春から梅、桜、そしてツツジにシャクヤクと季節のお花を追っかけている感があります。
そろそろ薔薇が見頃のようですからチャリンコで30分ほどの所にある神代植物園に散歩がてらに出かけて、帰りに深大寺蕎麦でも食べてこようかと思っています。
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2012年05月17日

徒然に「廃墟のロベール」と呼ばれた『ユベール・ロベール』

最近本屋さんに行くと、村上春樹氏の長編小説『1Q84』(イチキュウハチヨン)の文庫本が山積みにされています。
初めて単行本でこの本が発売されたとき、そのタイトルを見て、『IQ84』(アイキュウ84)と見間違え、「アルジャーノンには勝てないけど、84なら勝てそうだ」と馬鹿な思い違いをしたことがありました。
イギリスの作家ジョージ・オーウェルの『1984年』は「近未来」を描き、反全体主義のバイブルとしてと評価されて人気を博した小説なのですが、『1Q84』は村上氏がそれを土台に「近過去」を小説に仕上げたものといわれます。
村上春樹氏と云えば、25年ほど前に「100パーセントの恋愛小説」と銘うった『ノルウェイの森』が430万部も売れて、一躍「村上春樹ブーム」を巻き起こし、その後もチェコのフランツ・カフカ賞やイスラエルのエルサレム賞を受賞し、「海外で評価される日本人」としてなにかと話題になっていた記憶があるものの、『ノルウェイの森』を読んで以来、まったくその作品を手にすることはなかったのですが、本屋であの山積みの本を見ている内に、つい手が出てしまい買ってしまいました。
読まれた方、読んでらっしゃる方も多いと思いますが、現在文庫本で発刊されているのは1〜4までで、文章自体はとても平易で読みやすく面白いのですが、内容はなかなかに難解な感じもしています。
主な登場人物に青豆(青豆雅美)と天吾(川奈 天吾)と云う風変わりな名前の男女がおり、最初はこの二人を中心の物語が交互に展開されてゆきます。
内容は実際に本を読んでいただくとして、「1Q84」年を象徴する、あるいはその意味を知る描写として、月が二つ浮かんでいる風景が描かれています。
一つは我々が実際によく見る兎が餅つきをしているお月様ですが、もう一つは少し小さくて緑がかった色をしているそうです。
最近夜道を歩いていて時々もう一つの月を探してしまうのですが、幸か不幸かいまだに見かけたことはありません。

凱旋橋


前段が長くなってしまいましたが、古代遺跡と現在の人物を一緒に描いたり、まったく違った遺跡を組み合わせるなど、古代のモティーフと自由な想像力で風景を描き人気を博した画家、『ユベール・ロベール』を取り上げてみました。
この画家の名前を声に出してみると、語呂合わせのようで、優美でなめらかで、まるでパステルのプリンを食べたような気分になります。
ロベールが活躍したのは18世紀のフランス革命の前後に当たる訳ですが、ルイ16世の威光と、ポンペイやヘルクラネウムの遺跡の発見、発掘でヨーロッパ中が沸きかえり、古代への憧憬が高まっていた時代でした。
ロベールは長い期間イタリアに留学し、その後、古代遺跡や歴史的建造物を題材に、自由な発想でそれらを組み合わせ、空想的な風景画を描いて人気を博しました。
さらに画業だけでなく庭園の設計にも才能を発揮し、ヴェルサイユ宮殿の庭園改造をはじめ、従来の幾何学式庭園ではなく自然を取り入れたイギリス式庭園を設計するなど、革命前の王室や貴族のために理想的風景の庭園デザインをおこなっています。
ヴェルサイユ宮殿の「アポロンの水浴の木立」や王妃マリー・アントワネットのアモー(小村落)なども手がけており、「国王の庭園デザイナー」という称号も得ていたそうです。

ホントに自然と人工、空想と現実の融合は!
   

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2012年04月28日

徒然に真実の心象風景を求めた『山本丘人』

最近自宅で使っているデスクトップパソコンが非常に調子が良いのです。
通信にはauの1Gigaの光を使っているのですけど、有線ではなく、1階に理論値で最速300Mbpsのワイヤレスの無線機があり、2階で受信しています。
当然のことながら、300Mbpsのスピードは論理値なので実際には出ないのですが、現在コンスタントに216Mbps、ときには243Mbpsのスピードが出ています。
少し前までは、81Mbpsを超えることは一度もなかったのですが、以前にPCの調子が悪くなったとき、データーをHDに移動したり、時間をかけてデフラグをかけたり、以前の復元ポイントを実行したりと苦労して、最後にUniblueのPowerSuiteというソフトを見つけたことが、どうやらスピードアップの契機となったように思われます。
このソフトはレジストリーエラーの修復や、蓄積されたいらないファイルの削除や、新しいアップグレイドファイルのインストールなどをして、PCのスピードを上げるソフトです。
ネットでこのソフトの評判を見ると、胡散臭いソフトとして、結構悪く書き込まれているのですけど、最初からPCにバンドルされたソフトはともかく、ソフトをインストールして使うか否かはまったく自己責任の世界ですから、思い切って使ってみて今はよかったと思ってます。
やはりPCは少しでも速いにこしたことはありません。

満月夜ところで画家として前回取り上げた加山又造の師匠でもあり、やはり現代的な日本画の表現を切り拓いた第一人者でもある『山本丘人』(きゅうじん)を今回は取り上げてみました。
丘人は、海や山などに優れた作品が多いのですが、風景を自分の目で見て感じとった感動やその時の季節感、さらには自分の人生観を、近代洋画から学び取った造形性や量感表現によって、日本画壇といった権威におもねらない新鮮な作品を残しています。
又造もそうでしたが、丘人も自分の目指す表現のためには、絵の具を焼いてみたり、金銀箔を重ねたり削ったりと様々な工夫を重ねたそうです。
また丘人は46歳の時にはすでに画家としての地位をしっかりと確立し、日展の審査員にもなるのですが、大戦の敗戦による洋風化傾向の強まりの中にあって、日本画滅亡論がささやかれる中、日展の審査基準にも疑念を抱いていたこともあり、そんな危機感をバネに「世界性に立脚する日本絵画の創造を期す」をスローガンに掲げて「創造美術」(現・創画会)を上村松篁や秋野不矩らとともに結成しています。

また又造もそうでしたが、丘人もよく画風を変えているのですが、大きく分けて初期、中期、後期と区分されるようです。
一般に初期は詩情豊かな風景から「典雅」、中期は力強い山景や海景から「剛直」、そして後期は心象風景から「幻想的」という言葉でその特徴を表現することが多いようです。
さらに素晴らしいと思うのは、季節感を十二分に感じさせてくれるその色彩にもあるように思います。

ホントに「絵は人なり」なのです!


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2012年04月13日

徒然に四方山話で春うらら

『はる』この言葉は、その持ってるイメージとは裏腹に、「春一番」やら「春の嵐」、さらに「花粉の飛来」など、なかなかイメージ通りの素敵な季節とは言い難いのですけど、やっと東京方、桜が咲き、暖かな日々が続くようになりました。

目黒川1

先日、仕事で中目黒まで出かけたのですが、駅のそばを流れる目黒川はTVでも中継がされるほどの桜の名所、見逃す手はないと見物してきました。
目黒川2スマホのカメラで数枚写真を撮ったのですが、川の両側から張り出して桜のトンネルを造るような風景は、噂に違わぬ素晴らしさでした。

その翌日、足立区の竹の塚駅からバスで10分ほどの「花畑(はなはた)」と云う所まで行ってきました。
桜花亭ここに「花畑公園」と、隣接して「桜花亭」というお庭の綺麗な建物があったのですが、名前からして「桜」を期待していたのですが、桜花亭の庭の中花畑公園には桜の木がほとんどなく、隣接の大きな花畑公園には桜が満開で、沢山の人がシートを敷いて、桜を楽しんでいました。花畑1

三溪園3昨日は久しぶりに休みを取って、横浜の中華街に出かけてきました。
いつも通り、重慶飯店でお食事をし、聘珍樓の甘栗を買い、そのあとに、「三溪園」まで足を伸ばしてみました。
三溪園2「三溪園」は、生糸貿易で財を成した実業家「原 三溪」により造られたのですが、園内には京都や鎌倉などから移築された歴史的に価値の高い建造物が巧みに配置され、たくさんの重要文化財があり、四季折々の草木も楽しめる「国指定名勝」として有名です。
三溪園1元町・中華街からはバスで15分ほどで到着しますが、正門をくぐるとすぐ目の前に大池が広がり、正面に旧燈明寺三重塔(重要文化財)がそびえています。
時間があまりなかったのと中はかなり広いので、今回は池のまわりを中心に桜を追いかけながら散策し、桜餅のような味のする桜のソフトクリームをいただいて帰ってきたのですが、紅葉の季節に、もう少し時間をとって再度訪問したいなと思っています。

ホントに花の命は短くて!


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2012年03月23日

徒然に日本画の新たな可能性を切り拓いた『加山 又造』

そろそろ桜便りをと期待したくなる時季になりましたが、相変わらず東京地方寒い日が続いています。
先日知りあいの女性から、学生時代の同期生で友人の横尾英子氏が、新宿の某百貨店で日本画の個展を開いているから是非ご覧あれと勧められ、美術画廊をのぞいてきました。
横尾英子氏は平山郁夫氏に師事して日本画を学び、院展を中心にご活躍されているそうです。
「十年ほど前に京都の円山公園で満開の夜桜を見る機会に恵まれました。それ以来、桜の花のとりこになり」とご自分のブログにも書かれていますが、桜を描いた大作の他にも渓流や山間の滝など日本の風景を、とても心静かな雰囲気の中に描かれており、画廊全体が和みの空間になっていたのが印象的でした。

絵画に興味を抱き始めた頃はやはり西洋の絵画が中心で、歌舞伎などと同じく日本画といえばやはり「古くさいもの」といった気持ちが無意識に先立って、興味を持つことがなかったのですが、最近は日本の画家のよさ、凄さに心惹かれることが多く、まだまだ知りたい、もっと知りたい、と思うことが増えてきたように思えます。

花今回はそんな気分を更に煽り立ててくれる日本人の画家、『加山 又造』を取り上げてみました。
加山が東京美術学校日本画科を卒業したのは1947年、終戦からさほど経っていない頃で、この頃は敗戦の影響からか「日本画滅亡論」も盛んに唱えられ、芸術家の目も新しい西洋的なもの、西洋的な価値観へと向けられる傾向が強かったと云います。
加山もやはりそんな傾向に無関係ではなかったのですが、他の画家達と違ったのは、あくまでも日本画を基にして日本画の本質を模索し続けたことにありました。
ラスコー壁画から始まり、シュールレアリズムやキュビズムなど西洋の影響を多分に受けながらも、大和絵や琳派など日本の伝統的美へのこだわりを捨てず、革新的で現代感覚にあふれながらも、装飾性豊かな日本画の新境地を開拓してゆきました。
加山はその卓越した技法と構想力を力に、常に貪欲に日本画の新たな可能性を求め続け、その作風も初期の頃には動物画を、そして大和絵や琳派の伝統をふまえて華やかな屏風画を、さらに裸婦表現への挑戦をへて、晩年には北宋山水画から水墨の世界へと至るのです。
技術的な面でも日本画では使用されることのなかった多数の技術を試みています。
「エアブラシ」を使ったこともそうですし、「波濤をアルミで描き、花では硫化水銀で黒地をだし」たそうで、当時においてもたいへんな話題になったといいます。
加山は絵だけでなく陶器や着物などへの絵付けや宝石のデザインもおこなっていますが、クルマのBMWにボディペインティングを施したアートカーの創作も話題になった一つで、晩年にはコンピューターグラフィックスも手がけていたそうですから、その革新性には驚かされます。

ホントに「伝統と革新」こそが生涯のテーマ!
 
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2012年03月02日

徒然ににほひおこせよ『羽根木公園』

今年は寒い日が続いており、梅の開花も例年になく遅いようです。
私の住んでるところからほど近い小田急沿線に「梅ヶ丘駅」があり、その名の通り駅のすぐそばにある「羽根木公園」は梅の名所としても知られています。

梅林

といっても、昨年あの大震災の直前に行った水戸の偕楽園などと比べると、規模は遙かに小さいのですが、世田谷の住宅街、しかも駅前にある公園としてはなかなかのものです。
梅一輪

公園全体が梅林になっているのではなく、手作り遊具で自己責任で遊ぶプレーパークや野球グラウンド・テニスコートなどスポーツ施設や区立梅丘図書館などがあり、南の斜面に梅林があって茶室「日月庵」などもあります。
ひと枝の梅

梅の季節には梅まつりがおこなわれ、梅ヶ丘駅の改札前広場から公園内にも出店が揃ってなかなか賑わっています。

つぼみ

この公園、全体が丘状の地形になっていますが、それほど高低差はないので、結構ご高齢の方にもいい散歩道のようです。
白梅2

昔、この一帯には「六郎次」という野鍛冶が住んでいたそうなのですが、この「野鍛冶」と云うのは刀鍛冶や鉄砲鍛冶などと違い、包丁や農具、漁具、鉈、茶道具などを手がけた
鍛冶屋のことを云ったそうで、ですからこの一帯を「六郎次山」と呼んでいたそうです。
紅梅2

また大正時代の末期には根津財閥の所有になったことから「根津山」とも呼ばれるようになり、今も「根津山の公園」或いは「六郎次山」とも呼ばれているそうです。

ホントに「あるじなしとて 春なわすれそ」です!
  

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